弟の顔して笑うのはもう、やめる
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気付けば日常に押し流されて、現実逃避している。結局西条くんに貰った指輪は一度しか指につけていない。学校帰り、友達と入ったファミレスで偶然百華と百華の母親を見掛けた。遠目にも痩せた百華。百華が激昂して母親にコップの水を掛け、店を飛び出してしまった。追い掛ける。一人にできない。何時間も公園にいて、暗くなっても帰ろうとしない百華。私の家の灯りはついていて、百華の家の灯りはつかない。いつからこうだった?こんな時、百華の側にいてあげなよと、何故か蒼介に言うことができなかった。 ※この作品は【危険恋愛M】vol.105でもお読みになれます。 -
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作家先生の和風家屋の庭でバーベキューのガーデンパーティ。全然気乗りしねぇ。でも一応招待されたし、美羽が心配だから付いてきた。結婚とかガチな現実、理解も覚悟も全く出来てない美羽に、外堀から埋めて逃げ道無くすような真似してんなよ。こんな場で左手薬指に指輪した彼女とか、普通にお披露目だろうが。…何で急に、そんなに焦ってんだよ。 ※この作品は【危険恋愛M】vol.107でもお読みになれます。 -
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取り乱して何もできなかった。あの時、蒼介が来なかったら、今頃どうなっていたかわからない。西条くんと付き合って初めて、現実を知った気がした。心臓に病気を抱えている人と付き合うという事がどういう意味を持つのか、ましてや西条くんは私と家族になりたいと言ってくれて、でも私は、彼とこの先もずっと一緒に生きる覚悟があった?ちゃんと考えた事が…なかった。 ※この作品は【危険恋愛M】vol.109でもお読みになれます。 -
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「あいつと家族になんの?」「なれんの?」「あいつはそーゆーつもりで指輪渡してんだろ」「美羽はどういうつもりでいんの」俺に訊かれて初めて美羽は、自分が曖昧なまま指輪を受け取っている事を認識したっぽい。「結婚とか正直そこまでちゃんと考えられてないけど」「西条くんは私をすごく必要としてくれて、好いてくれてそれが嬉しいし」「だから今、西条くんが弱ってて、私を必要としてくれるなら力になりたい」「…あんまり役には立たないけど」そんなの答えになってねぇよ美羽。それは「好きだから側にいたい」というのではないだろ。 ※この作品は【危険恋愛M】vol.111でもお読みになれます。 -
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あの日西条くんの物になって、不安定に揺れていた足元に優しい穏やかな物が積もってゆくたび、「ああもう大丈夫」…そう、思っていたのに…。フラフラする…。西条くんはきっと気付いた。私が蒼介の言葉を嬉しいと思ってしまったこと…気付いてる。 -
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あの日から、蒼介の侵蝕が止まらない。しかしその事を、誰にも悟られてはいけない。私は何事もなかったかの様に振る舞う。振る舞い続ける。これまでもそうして来たのだから、きっとこれからもそう出来る。そう思っていたのに、何故だろう…蒼介が百華といるのを見た時、平静でいられなかったのは。嫉妬なんて感情、疾うの昔に消したはずなのに。 -
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西条くんが退院した。これからは西条くんからもらった指輪いつもつけて、人目のある場所でもくっついたりして、もっとカップルらしくしよう。だって私は西条くんの彼女で、蒼介の物じゃない。蒼介の所へは、行かない。行くわけがない。 -
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もうすぐ夏休み。梅雨の晴れ間の朝。お母さんが黄色い花を花瓶に挿している。「おはよう」の挨拶だけでその事について私たちは特に何も話さない。いつも通りだ。先に登校する蒼介を無言で見送る。蒼介もいつも通り。でも本当は違う。約束の時が、刻一刻と近づいて来る。 -
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後ろめたさを打ち消すように、今の自分を正当化するように彼に電話していた。「用とかじゃないんだけどなんとなく」駅までの道を歩きながら西条くんと話す。環境音で外にいることに気付かれてしまい、とっさにサークルの飲み会の帰りと嘘をついた。1人でこんな時間に歩かないでと心配してくれる彼に、人の少ない電車に乗って「家に着いた」と嘘のLINEを送った。西条くんへの罪悪感に押し潰されそうなのに、蒼介のことを無視できない。 -
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蒼介に引っ張られてラブホに入ってしまった。ベッドに押し倒される。お願いだからやめて…!「来たら抱き倒すって言った」「そんでお前は来た」「それが答えなんじゃねぇのかよ」 -
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始発の時間。電車が来るのが遠くに見える。この電車に蒼介とふたり乗って、どこまでも行けたら…。それを願う時点で、私は…。 -
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誕生日の約束の反故を謝る為だけに直接会いに来る様な彼女が、早朝こんな電話をしてくる。彼女が今普通じゃないのは明らかで、こんな風に取り乱すのは蒼介が絡んだ時で――。耳鳴り、動悸、冷たくなる指先。その一方で、どこまでも冷静な自分がいる。 -
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こんなに惨めで苦しい思いをしても、このひとを手離せない。諦めることに慣れきった僕が、生まれて初めて心から欲しいと望んだひとだから。 -
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力強く守ってもらいたくて(なのに結局独りが前提の思考で)、ずっとそばにいてもらいたくて(独りでも生きて行ける進路を選んで)、無償の愛に満たされた今の「家族」の温かい円の中が彼女の安心(だから)彼女は絶対に蒼介の手は取れない。蒼介、もう彼女を待つのはやめろ。 -
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美羽さんを犯す夢を見て目覚めた。夢の中で、彼女は何回も「やめて」と懇願したのに、僕はやめなかった。こんな朝、もう何度目だろう。いつか僕は、本当に美羽さんを傷付けるかもしれない。 -
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下腹部が痛い。この痛みは西条くんの心の痛みだ。自分のせいで西条くんを西条くんでなくしてしまった。いつも遅い。気付くのが。 -
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西条くんは「行く」って言ってくれたけど、やっぱり一人で行くべきだろうか。迷ったけれど彼は「せめて見届けたいから」と着いて来てくれた。「見届ける」って、どういう意味…?西条くんは困ったように笑う。 -
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ここは昔と変わらない。あの日の暗く美しい夏の風景が今も目の前に広がっている。せっかく来たのに足が進まない。どんどん萎縮していく。 -
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美羽さんの拒絶反応。眠れない夜。襖の向こうには彼女がいるのに、その距離を限りなく遠く感じる。午後23:20、突然の着信。…蒼介からの。
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